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奈良地方裁判所 平成10年(わ)130号 判決

主文

被告人を懲役五年及び罰金一〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二九〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  営利の目的で、平成九年六月一日午後七時一〇分ころ、奈良県《番地略》の自宅において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤約四三・〇三グラム(平成一〇年押第三五号の1はその鑑定残量)を、みだりに所持し、

第二  法定の除外事由がないのに、同年九月二六日午前一〇時ころ、前記自宅において、フェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する覚せい剤約〇・〇五グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用し

たものである。

(証拠の標目)《略》

(争点に対する判断)

一  被告人は、判示第一の事実について、これを全面的に否認し、弁護人も、被告人の覚せい剤所持及び営利目的を否定する。

二  そこで、まず、本件覚せい剤の発覚の経過を見ると、次のとおりである。すなわち、被告人は、平成九年六月一日未明、自宅から警察に電話して「警察か。おれを連れに来てくれ。」「シャブでぼけとんねん。」などと言い、自ら警察に出頭して、そのまま覚せい剤使用の容疑で逮捕されたこと、同日午前九時ころ、被告人あてに(お届け先欄には「奈良県《番地略》A」と書かれていた。)紙袋に梱包された荷物が宅急便で送られ、同居の父親Bがこれを受け取ったこと、Bが荷物を開けて見ると、封筒や銀紙にくるまれた白い結晶入りのビニール袋が入っていたこと、Bはこれが覚せい剤であると分かったが、元通り紙袋の中に直して、台所の水屋の上に置いたこと、同日警察官が被告人の自宅の捜索に訪れ、午後五時二〇分から午後七時三〇分まで捜索を実施したが、これに立ち会ったBは、捜索中の午後七時一〇分ころ、警察官に対し本件覚せい剤入りの荷物があることを伝え、その荷物を任意提出したことが認められる。

こうした事実関係を前提とした上、被告人が本件覚せい剤を所持したといえるかを検討すると、覚せい剤取締法一四条にいう「所持」とは、人が覚せい剤を保管する実力支配関係を内容とする行為をいい、必ずしも覚せい剤を物理的に把握することは必要ではなく、その存在を認識してこれを管理し得る状態にあれば足りると解すべきところ、これを本件についていえば、Bが、被告人が逮捕されて不在中に被告人あてに宅急便で送られて来た本件覚せい剤を受け取り、その日の夕方に被告人の自宅を捜索した警察官に任意提出するまでの間保管していたことをもって、被告人が本件覚せい剤の存在を認識してこれを管理し得る状態にあったということができるかに帰するか、被告人の自宅に被告人あての荷物が届けば、たとえ被告人が不在であっても、同居の家族である父親B、妹Cが受け取って被告人のために保管するのが通常であると考えられる。言い換えれば、もしも被告人において本件覚せい剤が自己あてに宅急便で送られて来ることをあらかじめ認識していたとするならば、被告人が不在であったとしても、父親なり妹なり同居の家人が被告人に代わってその荷物を受け取るであろうことは当然に予想していたものと認められるから、現実に被告人が受領しなくても、本件覚せい剤が被告人の自宅に届けられ家人がこれを受け取った時点で、その存在を認識してこれを管理し得る状態に置いたといえるのであるから、このような実力的支配関係が継続する限り所持は存続するというべきである。

この観点から、被告人が本件覚せい剤が宅急便で送られて来ることの認識を有していたかを検討すると、被告人は、本件覚せい剤が自宅に送られて来たことにつき心当たりがないと弁解しているが、本件覚せい剤入りの荷物は平成九年五月三一日に甲野運輸株式会社横浜関内営業所で受け付けられたものであるところ、Dは、検察官に対する供述調書で、同年三月以降被告人から三、四回覚せい剤を購入していたが、同年五月二九日ころ被告人の自宅を訪れた際、被告人に対し覚せい剤がないかと聞くと、被告人は「今はない。もう二、三日したら、横浜から品物が入る。」と答えたと述べているのであって、この供述は、実際にも本件覚せい剤がその三日後である六月一日に被告人の自宅に送られて来ているという客観的事実に符合し、その信用性を疑うべき事情は存しない。

のみならず、Bが検察官調書において、平成九年二月に被告人が出所してから、関東なまりの男数人から被告人に掛かってきた電話を何回か取り次いでいるが、その中には「横浜のカナイ」とか「横浜の何とか」と名乗る男がいたこと、横浜からの電話は五、六回あったことを供述しているところであって、これらの状況にかんがみるならば、被告人があらかじめ横浜方面にいる関係者に覚せい剤を注文し、同年五月二九日ころには、二、三日中に横浜から被告人あてに右注文に係る覚せい剤が宅急便で届くことを認識し、覚せい剤が送られて来れば、たとえ自分が不在でも当然、同居の父親又は妹がその荷物を受け取って被告人のために保管するであろうと考えていたと認めるに十分である(弁護人は、被告人はBに対し本件覚せい剤の保管を依頼しておらず、また、Bは本件覚せい剤を被告人のために保管する意思を有さず、捜索に来た警察官に引き渡しているのであるから、Bが本件覚せい剤を受け取ったことをもって被告人がこれを所持するに至ったということはできないと主張するが、明確な依頼などなくとも、同居の家族あてに荷物が届けばこれをその者のために保管するのは家族間では当然のことである。Bは、荷物を開けて中身を確認した後において、自ら警察に通報し、あるいは捜索に来た警察官に対し直ちに本件覚せい剤の存在を告げて任意提出しようと思えばできたにもかかわらず、被告人あてに送られて来た荷物であり、被告人のために預かり保管しているという遠慮があったからこそ、警察の捜索で発見されることを期待して台所の水屋の上に目に付くように置いていたもので、結局警察官が発見し得なかったため、捜索終了近くになって警察官に本件覚せい剤の存在を告げて任意提出したにすぎないのであるから、宅急便で届いた被告人あての本件覚せい剤を受け取った後、これに対する被告人の支配を排除し、警察に提出する意図でこれを保管していたとは認められない。)。

したがって、被告人の自宅に本件覚せい剤が宅急便で届けられ、Bが被告人のためにこれを受領して保管していた以上、被告人において、いつの時点でBが本件覚せい剤を受け取ったのか把握していなくとも、本件覚せい剤の存在を認識してこれを管理し得る状態に置いたと認めるのが相当である。

三  次いで、被告人の本件覚せい剤の所持が営利目的によるものかを検討すると、被告人は横浜方面にいる関係者に注文して本件覚せい剤を入手したと認められることは前記のとおりであるところ、本件覚せい剤は約四三・〇三グラムと多量であり、自己使用を目的としたとは考え難く、それ自体営利目的の存在を推認させるものである。

しかも、被告人の自宅からビニール袋三三枚、電子秤一台、注射器七八本が発見されているのであって、このことは、右推認を強く裏付けるものである(被告人は、ビニール袋は被告人が売買していた貴金属や偽ブランドの時計等を入れるため使用していたものであり、電子秤は貴金属の重さを量るためのものであるとか、注射器は室生のガソリンスタンドで出会った顔見知りの通称Eチャンという男から「預かってくれ。」と言われて、中身も確認せずに預かったものであると弁解しているが、貴金属等の売買について被告人の供述はあいまいであり、また、注射器については預かった経緯などその詳細について説明ができていない上、自分が覚せい剤を使用する際その注射器のうち一本を勝手に使ったと供述するなど、被告人の弁解は不自然であって信用できない。)。

それと同時に、Dが平成九年三月以降被告人から三、四回覚せい剤を購入していたことは前記のとおりであるが、Dの検察官調書によれば、覚せい剤の購入場所は被告人の自宅であり、被告人から初めて覚せい剤を買ったときは注射器をただでもらったが、その後は一〇〇〇円を出して注射器を買っていたこと、被告人が覚せい剤を一度に二、三〇グラム引いて売ると話していたこと、被告人からたくさんのビニール袋に小分けされた覚せい剤を見せられたことがあったこと、同年五月二九日ころ、被告人の自宅を訪れた際、被告人から「今はない。もう二、三日したら、横浜から品物が入る。それまで待てるか。」と言われ、その直後被告人に誘われて共に大阪の西成へ行き、被告人はそこで仕入れた覚せい剤を電子秤で量って一グラム入りのパケを作り、Dに対し一パケを代金二万円で譲り渡したことが認められ、中でも、被告人がDに「今はない。もう二、三日したら、横浜から品物が入る。それまで待てるか。」と言ったことは、被告人において横浜から本件覚せい剤が送られて来たらその中から覚せい剤をDに譲り渡す気持ちでいたことを明白に、かつ極めて印象的に物語っているもので、本件覚せい剤をD以外にも密売する意図があったことを察するに難くない。

これらのことつまり、本件覚せい剤所持に至る経緯、本件覚せい剤の量、ビニール袋、電子秤、注射器の存在、Dに対する覚せい剤譲渡の状況及びDに対して見られる被告人の言動等を考え併せると、被告人が営利目的で本件覚せい剤を所持していたことは明らかである。

四  以上の次第で、被告人が本件覚せい剤所持を全面的に否認するのは理由がなく、被告人の本件覚せい剤所持及び営利目的を否定する弁護人の主張も採用することができない。

(累犯前科)

被告人は、(一)(1)平成四年六月一八日奈良地方裁判所で覚せい剤取締法違反、道路交通法違反の各罪により懲役一年八月に処せられ、平成五年一二月一四日右刑の執行を受け終わり、(2)右受刑中に犯した傷害の罪により平成六年一月二一日大阪地方裁判所堺支部で懲役一〇月に処せられ、同年一一月九日右刑の執行を受け終わり、(二)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により平成七年五月一一日奈良地方裁判所葛城支部で懲役二年に処せられ、平成九年二月九日右刑の執行を受け終わったもので、以上の事実は検察事務官作成の前科調書及び右各裁判に係る判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項に、判示第二の所為は同法四一条の三第一項一号、一九条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪について情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、前記の各前科があるので、刑法五九条、五六条一項、五七条により判示第一の罪の懲役刑及び判示第二の罪の刑にそれぞれ三犯の加重(判示第一の罪の懲役刑については同法一四条の制限に従う。)をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期及び所定金額の範囲内で被告人を懲役五年及び罰金一〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二九〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、被告人が、営利の目的で覚せい剤を所持したほか、覚せい剤を自己使用した事案である。被告人は、覚せい剤を拡散することにより自らの利益を図ろうとしたもので、その動機にはおよそ酌量の余地がなく、しかも、所持に係る覚せい剤は四三グラム余りと多量であり、たまたま被告人が逮捕されて自宅を捜索された際、父親から警察に任意提出され、他に譲渡されることは未然に防止されたものの、これまでにも覚せい剤の密売を繰り返していたことがうかがわれることなども考えると、犯情は極めて悪質である。被告人は、二三歳ころから覚せい剤を使用するようになり、その後八回にわたり覚せい剤取締法違反の罪で処罰され、再三服役しているにもかかわらず、覚せい剤を断ち切ることができず使用を続け、前刑出所後も程なく覚せい剤にかかわり、営利目的所持のほか今回の使用に至っているもので、覚せい剤に対する親和性、常習性は顕著である。その上被告人は、本件において、覚せい剤の自己使用は認めるものの、営利目的所持については自己の罪責を免れるため不自然、不合理な弁解をするなど真摯に反省している態度は見受けられない。そのほか、被告人は定職に就くことなく、現在も暴力団組員として大阪の賭博場に出入りするなど、生活態度は不良であって、再犯のおそれも否定できない。これらの事情を考慮すると、被告人の刑事責任は重く、被告人が今後覚せい剤との関係を断つ旨誓っていることなどの事情を踏まえても、主文の刑はやむを得ないものと思料する。

(求刑 懲役六年及び罰金一〇〇万円)

(裁判長裁判官 鈴木正義 裁判官 大西良孝 裁判官 松山 遥)

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